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31歳自営業妻の東京からドイツ駐在までの道

東京在住・自営業・31歳です。3月に第一子 (男)出産しました!

父が亡くなりました

父が天国へ行きました。

 

昨日12月4日。

仕事のイベントで出勤の日曜日でした。

母から電話があり出てみたら、なんと兄!

 

さすがにドキッとしました。

父が死にたい、逝かせてくれ

など口にしていて兄もビックリして

しまったようで

 

遠く離れた東京にいるし、身重の身なので

兄も「帰って来て欲しい」とははっきりとは

言わないのですが、そういった気持ちで

電話してきたみたいで。

 

闘病を始めてから父には今まで

気持ちの浮き沈みがあったので

今回も心が辛いんだろうな、励ましに顔を

見せようかなと帰る気ではいたのですが

 

朝からハードスケジュールですっかり

体力を消耗してしまい…

おまけにそのあと主人と映画鑑賞の約束

で渋谷へ( ;∀;)

 

もうヘトヘトで帰宅して、21:30頃から爆睡

 

そしてふと、夜中の2時頃目が覚めて

なんとなく携帯を見て見たらメッセージが…

 

兄からのメールは、父が亡くなったとのこと

 

一瞬訳がわからなくて

兄とも電話で淡々と話をして

 

母にも電話をかけたら

今父はスーツに着替えさせてもらってる

とのこと。

 

父は定年まで仕事に人生を捧げたような

人でした。勤勉に働き、最期は本人も

満足できるような出世を遂げ、現役から

引退し、OBとしてまた働き始めた

矢先、肺癌の発覚

 

手術、抗がん剤治療…

私の結婚、入院生活、母の看病

私の妊娠

 

2016年はいろいろありました…。

嬉しいことも、悲しいことも同じくらいに。

 

正直に言うと、父が亡くなるのはもっと先だと

思ってました。

家族で励まして…、なんならあと1年くらいは

大丈夫なんじゃないか…とすら思いました。

 

父が手を合わせながら、死にたい、痛い…

と訴えるのは…兄も母も辛かったと思います。

 

そして、1番父が辛かったはずです。

 

勤勉に働き、真面目に、誠実に生きた父

 

早すぎる人生

 

孫の顏を見せたかった

あの手に抱いてもらいたかった

我が子に「おじいちゃんだよ」って

言ってあげたかった

 

もっと親孝行してあげれば良かった

もっと、もっと、何かできたかもしれないのに

 

何があっても後悔しか残らないですね。

 

私は父にとって自慢の娘でありたかった。

だから東京に出て、一旗あげて

それを証明したかった。。

 

独立もできて、

たくさんたくさんお金を投資してもらい

それに報いるため、何倍も稼いで

恩返しがしたかった。

 

でも、1番父が喜んだのは

結婚の話をするため、主人を実家に

連れてきた時と、結婚式で白無垢姿を

見せた時でした。

 

子供が想う親孝行と

親が感じる親孝行は

全く別なんですね。

 

私も子供が生まれたらきっと…

分かるのかもしれません。

 

今、心配なのは母です。

母はここ数年、祖母の介護と父の看病に

奔走していました。

娘の私こそ助けてあげたかったけど

こういったときに東京に出たことが裏目

にでるのでした。

 

先月祖母が亡くなり。

 

1年で2人も大切な人を亡くして欲しく

ないから、、、

父には生きて欲しかった

 

亡くなる最期の日に、死にたいと口にした父

父の願いを叶えるかのように神様は本当に

父を連れて行ってしまいました

 

連れ戻したい気持ちでいっぱいだけど

星空、天体観測が大好きだった父が

本当に星になったのだと思うと。

 

お疲れ様

今度はそこから私たちを照らしていてね、と

そんな気持ちになりました。

 

父は本当によく頑張りました

特に娘の私には弱音も吐かず…

父親らしくいてくれました。

 

数ヶ月前は笑いながら話すことができたのに

先月帰省した時は、話すのも辛く、体力も

落ちて…

 

でも退院できる希望はあったし

私のお腹の大きさに目を見開いてビックリ

してましたし。

 

まだこうして家族で過ごせる時間は

あるのだと信じてやまなかったです。